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木山捷平(きやましょうへい) 小説家 詩人
経歴
明治37年 笠岡市山口で父靜太母為の長男として誕生。
明治43年 新山尋常小学校尋常科入学
大正 5年 同校卒業 高等科へ入学
大正 6年 矢掛中学に入学
大正11年 姫路師範学校入学
大正12年 小学校勤務 詩作に打ち込む
大正14年 東洋大学入学 
昭和 4年 処女詩集「野」を自費出版
昭和 8年 「海豹」を太宰治らと創刊。 小説家としての道へ。
昭和19年 満州へ。
昭和21年 帰国
昭和38年 「大陸の細道」が第13回芸術選奨文部大臣賞受賞
昭和43年 死去 64才
平成 9年 木山捷平文学賞が設けられる。

代表作
「抑制の日」 芥川賞候補となる
「河骨」    芥川賞候補となる
「脳下垂体」 直木賞候補となる
「耳学問」   直木賞候補となる
「大陸の細道」芸術選奨文部大臣賞受賞


 本校図書室にある「木山捷平コーナー」










関連本校蔵書
木山捷平 講談社文芸文庫(みさを氏寄贈)
C1 大陸の細道
C2 氏神さま 春雨 耳学問
C4 井伏鱒二 弥次郎兵衛 ななかまど
C5 木山捷平全詩集
C6 おじいさんの綴り方 河骨 立冬
C7 下駄にふる雨 月桂樹 赤い靴下
新潮 1996 3月号 (木山さん,捷平さん 岩阪恵子)
木山捷平論 定金恒次 西日本法規出版
台所から見た文壇(歌文集) 木山みさを 三茶書房
資料 ふるさと今昔 1~12号 にいやま文化を楽しみ育てる会
日曜名作座 NHK 放送台本 「茶の木」「軽石」「大安の日」
資料復刻版 第八号 「余光」 にいやま文化を楽しみ育てる会

 尋常小学校3年の時
 

 
 三列目に









現弘道小学校

 木山捷平は初めて教員として出石尋常高等小学校に赴任した








 現弘道小学校 近景
風見鶏のある時計台がある 










 弘道小学校の隣にある通称沢庵寺の庭は見事











 6年生有志と地域の方で作り上げた紙芝居
 
はじめに

私は新山小学校の先輩だということに誇りをもっています。

引用 詩集 「野」



生家

僕はこの生家をこれからも大切にしたい。



引用  「つばめのうた」



誕生


 捷平さんのお父さんは、平和な日本で生きてほしかったんだな。
 
  引用 お父さんの日記





渡し船


今は簡単に神島にいけるけど昔は島に渡る渡し船でないと行けないから大変だっただろうな。

  引用 「おじいさんの綴り方」



トロッコ

 僕もトロッコに乗ったらゆかいだろうな。



 引用 



尋三の春
 
私も妹のためならお土産を買うだろうな。
すくない小遣いで蜜柑水を買ってあげたのに叱られるなんてくやしかっただろうな。 
 
 引用 「尋三の春」





マラソン
 

 矢掛から岡山まで走ったり伴走したりすごい中学生だったんだな。



 引用 余光から 「たでの花」



姫路
 
 捷平さんも桜を見たんだろうな。一年間の勉強で先生になれてよかったな




 引用 「泣け泣け赤ん坊」


 


出石

二年間しか勤めていないのに子供たちに好かれているのですごい先生だったんだな。



 引用 「出石 城崎」



東京

 煙の多い町の中で詩集を出してすごいなあ


 引用 「飯を食う音」





結婚

 短歌がうまい人どおしで結婚できてよかったな。



 引用 『白いシャツ」






みさを夫人の支えも大きかったんだな。


引用 ひんがしの 島根のなかつ 吉備つ国 きびううる里
    たがわすれめや
  
    (ひんがし:東   島根:島  中国から望郷の歌)   




  笠岡市立図書館前にある碑
 
 
 

 「五十年」 昭和63年建立
   
 
 

濡れ縁に置き忘れた下駄に雨が降ってゐるような
どうせ濡れだしたものならもっと濡らしておいてやれと言ふような
そんな具合にして僕の五十年も暮れようとしている

  

  生家 竹ノ内地区にある
 

 
 望郷の短歌やミサオ夫人の短歌の碑がある。
   
 


 門札には木山捷平と木山萬里の二つがかけてある。